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洋館の脇には板敷きの暗い中廊下が奥に向かって走り、その南側には、伝統の作りのお座敷、家族の居間、寝室が並び、北側には使用人部屋、台所、便所、風呂が並ぶ。
中廊下を通路として、その南北に各室を分離配置したことから中廊下式と呼ばれる。
中学校の先生とか、会社の部長さんとか、役所の課長さんとか、そういう人がこの形式を好み、爆発的に広まった。
印日当たりの良い南側に家族の居室をもってきた(それまでは客用の座敷が南側を占拠)。
榔中廊下のおかげで他の部屋を通り抜けずに移動できるようになり、プライバシーが高まった。
㈱普通の住宅に初めて洋間が組み込まれた。
という点が歴史的には評価されている。
しかし、しかし、戦後をリードするモダニズムの建築家は中廊下式を嫌う。
″使用人を北側に居住させるのは封建的ではないか″、〝中廊下は光が入らず暗くうっとうしい〟、″応接間だけ洋風にする見栄っ張りはいかがをものか〟。
モダニズムの建築は、各室を細かく区分した上で廊下でつなぐというやり方そのものを否定し、各部屋の壁を取っ払い、空間をもっと開放的に広々と使うことを強く求める。
台所と食堂はどうして分けなければいけないのか。
居間だって一緒でいいではないか。
応接間なんかやめてその分の面積を家族団欒に回せ。
家族が、調理し、食べ、憩うための大きなひとつの部屋こそ住まいの中核ではないか。
まことそのとおり。
これこそモダンで民主的で家族本位。
そして廊下は、各室の小割りという遅れた考え方の代表として退場を余儀なくされたのだった。
今は昔、部屋というものを確立した廊下の栄光、そして、部屋を小割りした罪で追放された戦後の悲哀。
天井はどうしてあるんだろう。
あらためて考えてみるとよくわからない。
屋根は雨を防ぐため、柱はその屋根を支えるため、壁や障子は部屋を仕切るため、ドアー、床、畳、いずれも用途は誰でも知ってるとおり。
ところが天井は、何の役に立っているのかはっきりしない。
なくてもすみそうだし、事実、私の生まれ育った田舎の茅葺きの家なんか、囲炉裏の上方を見ると、太い丸太梁が走る黒々とした小屋組の空間がムキ出しになっていたし、部屋によると、根太天井といって、二階の床を支える根太とその上に張られた床板をそのまま見せていた。
ちゃんと天井を張ったお座敷もあったけれど、小屋組ムキ出しでも根大天井でも暮らしに困らなかった。
屋根や床や壁なんかと違って、なくつたってどうってことない。
その割りには天の井戸なんてエラソーな名前だ。
中国では″天花板〟と書き、日本と似た命名だが、王宮でも住宅でも天井は張らないのがふつう。
いつからあるのか。
縄文人や弥生人は、そんな不自然なものいらない。
伊勢神宮の天照大神もなくてよいと言い、今でもない。
飛鳥時代の法隆寺をはじめとする仏教建築の中で初めて天井が出現する。
仏教と一緒に大陸から日本列島に上陸されたのだった。
同じ神様でも、どうして土着の神は天井いらずなのに、仏はいるのか。
それは、土着の神は目に見えないが、仏は仏像という物としての姿をとっているから、と私はニランでいる。
天井がないとどういう事態が出来するんだろう。
子供のときの経験が参考になる。
頭上に大きな染がいくつも重なりながら走っていて、その上にはチリやホコリがしだいにたまってゆく。
梁の上方には厚く葺かれた茅が層をなしていて、ベッドとしてまことに具合がいいらしく、さまざまな虫が住み着き、7ンや脱皮した殻を落とす。
そうした虫をねらってネズミが入り、梁と茅が接するあたりから穴を掘って巣を架ける。
ネズミにとって梁が道だから犬と同じように道ばたで7ンをする。
さらにそのネズミを追ってヘビが入り、茅にあけた穴に首から入って追っかける。
田舎では屋根裏にヘビが棲むのはおめでたいと大事にされ、近所の家では、ヘビに喜んでもらおうと皿に酒を入れて梁の上に置いていたほど。
各種昆虫、ネズミ、ヘビからなるひとつの生態系が屋根裏には形成され、生態系ゆえに、ヘビはネズミを追って、梁の路上をチリとフンを左右にかき分けながら蛇行して進み、ネズミはホコリとフンを蹴散らして逃げ回る。
私が知っているのは戦後すぐのことだが、それでも梁の路上はなかなかにぎやかなものであったから、ずっと昔のもっと自然が豊かだったころには、いかほどの生態系が形成されていたことか。
そういう豊穣な生態系の排出物が、チリ、ホコリと一緒に、時にはヘビもドタッと降り注ぐのである。
昔の人は、掃けばすむ程度の汚れはまるで気にしなかった。
便所とか台所とか、人間の生態の方がスゴかったのだから。
しかし、仏様は困った。
神様は透明だからいいが、仏様はかのガンダーラの地であたらギリシャ彫刻の影響なんか受けたりして具体的な姿になっているから、その頭上に排出物が降り注ぐのはまずい。
仏の螺髪(グリグリ髪)に入り込んだネズミのフンなんか……。
こうした実用上の理由に加、え、もうひとつ美学的なこともあったと思う。
太い丸太の梁がいくつも走り、その向こうに屋根の下地が見える様子は、あまりに力強く、技術ムキ出しで、仏の頭上を飾るにはふさわしくない。
板を張って消した方が仏の美しさが引き立つ。
天井とは、仏のため、屋根裏の無骨を骨組みを機能的にも美的にも隠すために始まった。
一万、人の方は、無骨な骨組みが見えようと、あれこれパラパラ降ってこようが、おかまいなしだから、奈良時代、平安時代、鎌倉時代を通し、天井など誰も張らない。
天皇も貴族も、優美なる寝殿造りに住んでいたが、天井を所有していない。
源氏物語絵巻などで、屋根部分をハッカリはずして室内を斜め上から眺めた〝吹抜き屋台″と呼ばれる日本独特の画法が駆使されているが、実際、屋根をはずせば、天井がないから、あのとおりに見えた。
逆にもしかしたら、平安時代の住宅には天井がなかったからこそ、ああいう視点が自ずと育まれてきたのかもしれない。
では、今は誰でも所有している天井は、いつ、どんな事情で日本人の住まいに登場してきたんだろう。
これは日本の住宅史上の大きなテーマとなっている。
なくても困らない天井だけなら無視されたかもしれないが、天井は、畳、障子・フスマ、角柱、と手に手を取って現れた。
日本の住宅の特徴である畳、障子・フスマ、角柱と組をなしているものをどうして放っておけようか。
室町時代の中ごろのこと、板張りの床のところどころに丸い柱が立つだけで、間仕切りもなければ畳も一枚しか敷かれていないがらんとした寝殿造りに、変化が現れる。
まず畳が、偉い人の座布団的存在から脱し、一枚、二枚、三枚と並べられ、次第に面積を広げてゆく。
これと平行し、柱と柱の間に敷居と長押を入れ港を掘り障子とフスマを立てる。
障子やフスマを入れてみると、丸柱では当たる箇所の納まりが悪いから、角柱へと変わる。
弾障子・フスマで仕切られた四角を床の周囲に畳が敷き回され、やがて全面に敷き詰められる。
畳と障子・フスマのどっちがリードしたのかはわからないが、この二つが手を揺り、日本の住宅に初めて部屋というものが誕生した。
ここまでくると、先は予想がつく。
部屋が生まれ、閉めきると、快適でプライバシーも保てるが、上を見ると相変わらずのスケスケで落ちつかないし、畳や障子・フスマの繊細な感触と正反対の荒々しい屋根裏がのしかかってくる。
天井を張って隠してしまおう。
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